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FF12はなぜ低評価だったのか!?考察して判明した4つの要因とは・・・

こんにちは、FF12ではバッシュの言動に惚れたcoco13世です。

FF12は、名作と呼ばれたFF10と同じPS2で、2006年に発売しました。

そして、1年後の2007年には、ジョブシステム等を追加した「FF12インターナショナルゾディアックジョブシステム」が発売しましたが、その後は、しばらく音沙汰が、ありませんでした。

しかし、2017年にリマスター作品としてPS4で「FF12ザ ゾディアック エイジ 」が発売となり、翌年にはPCでも発売。

更に、2019年4月にswitchやXboxでも発売となりました。

一見すると、ヒット作であったことから、リマスターとして各ハードで発売した感じに見受けられますが、当初はかなり低評価でした。

なぜ、低評価であったのか考察していきます!

FF12の低評価要因①:主人公の存在が薄い

 

FF12switchソフト表紙

coco13世
公式画像でも存在感が薄い主人公。

 

FF12の主人公ヴァンは、とにかく存在感がなく、主人公としての見せ所は他のキャラに、ことこどく持っていかれている( ゚Д゚)

 

ストーリーとしての存在感のなさ

FFと言えば、主人公を中心に、ストーリーが構成されているのが特徴である。

しかし、FF12の物語は、アーシェを軸としており、肉付けとして、ガブラスと因縁があるバッシュ、後半の敵のキーファクターとも言える、ドクター・シドの息子のバルフレアが挙げられる。

 

主人公であるヴァンは、物語のキーファクターとは言えず、完全に物語の外側の配役とされているのだ!

 

確かにヴァンも、兄の死を憎む時期はあったが、アーシェと違い、早い段階で死と向き合ってしまったため、葛藤に苦しむアーシェと比較すると、どうしても印象が薄い!

また、これまでの主人公のようなリーダーシップを発揮することもなく、主人公がいなくても、物語が完結してしまうのだ。

 

FF12は、政治や戦争がメインのため、一個人がストーリーに大きく関与するのは難しいですが、FFTのラムザのように、物語の表は他のキャラに任せ、裏では主人公に活躍してほしかったですね。

 

戦闘面における存在感のなさ

FFの主人公といえば、戦闘面でも補正が入っていることが多い。

しかし、FF12の主人公おいては、ステータス面では若干の優遇はあるが、平均以上のステータスというだけ・・・。

FF7のクラウドの「超級武神覇斬」や、FF8のスコールの「エンドオブハート」のような、他キャラを凌駕する派手な必殺技もない!

 

また、主人公は空賊を目指していることから、ジョブ的には、盗賊が主人公のFF9のジタンと似た位置になるが、FF9では、ほとんどのボスが良質な武具を保有していたため、主人公専用アビリティである「盗む」が必須化されており、活躍の場は多いにありました。

FF5のバッツは、主人公専用ジョブ、専用装備、専用技は存在しなかったが、ストーリー面では、「暁の戦士」の息子という血筋や、リーダーシップを発揮していたため、主人公としての存在感は強かった!

 

主人公であるなら戦闘かストーリー、どちらかで活躍しないと、存在感が薄いと言われても仕方ない。

 

欲を言えば、RPGの主人公ならば、戦闘面では特記戦力になってもらわないとね・・・

 

主人公の存在感を上げる敵やライバルがいない

存在感が強い主人公の裏には、存在感を上げるキャラがいることが多い!

FF7ならばセフィロス、ティファ、エアリス当たりでしょうか。

 

また、FFTのラムザのように、主人公が世間知らずの未熟者であっても、主人公の周り(敵役含む)のキャラと、密接に関わることにより、主人公の存在感を増すことはできます。

 

coco13世
FFTにおいては、現実主義のガフガリオン、理想に燃え、現実を知ったウィーグラフと、密接に関わったことによって、主人公は見事に熟したよね。

 

しかし、FF12の主人公の存在感を上げてくれる、敵やライバルは・・・(._.)

 

兄を死に追いやった要因である、ガブラスという敵はいたが、ガブラスは、バッシュやアーシェの方が関係性が強く、主人公と関わる場面は控えめであった。

物語終盤の大灯台でのヴァンとガブラスのやり取りも、レダスとガブラスのやり取り同様に、アーシェの決断(繭の破壊)材料の1つにされてしまったうえに、ガブラスとの最終決戦でも、バッシュ加入時にのみ、専用のカットシーンが用意される形となっている(゚∀゚)

 

また、後半のキーファクターとなるドクター・シドにおいても、対するは、当然ながら息子であるバルフレアとなるため、主人公の存在感を上げてくれる、敵キャラやライバルは現れていないのだ。

 

主人公が自ら光を放てず、光を射してくれるキャラもいなければ、主人公の存在が目立たないのは、至極当然である!

 

FF12の低評価要因②:ストーリーが難しい

FF12は、上辺だけのストーリーだと、物足りないストーリーに陥ります。

しかし、深い部分まで知ると、実はかなり濃厚なストーリーだと知らされる!

 

FF12が、最も低評価されたのが「ストーリー」であるが、同時に最も再評価されたのも「ストーリー」である!

 

子供向けではない!

FF12のテーマは「自由と義務」である。

そして、FF12では、この義務(責務)に対する苦悩が描かれている場面が多く、組織等に属した人や社会に出た人には、共感しやすいのですが、反面、子供には共感しにくい!

 

味方キャラでは、アーシェが「責務」に一番悩まされている。

帝国への復讐という、個人の強い想いに対し、国家再建という大きな「責務」

帝国のラーサーからの「友好」による解決策も、当初は、個人の復讐の想いが先行して、躊躇う場面もありました。

 

FF12アーシェ顔
アーシェ

頭ではわかっているのよ。

今のところ大戦を防げる唯一の手段だわ。

でも私に力があれば、そんな屈辱!

 

そんなアーシェに、バッシュが「責務」について語ります。

 

FF12バッシュ顔
バッシュ

人々を戦乱から守れるのであれば、どのような恥であろうと、甘んじて背負います。

国を守れなかった、その恥に比べれば・・・・

ここで、バッシュが一番伝えたかったことは、「王女としての責務とは何か」でしょう。

 

一方、敵キャラでは、ガブラスが「責務」に一番悩まされている。

悩みすぎて、最後には暴走してしまう、不遇なキャラでもある( ゚Д゚)

その暴走に、真っ向から受け止めるバッシュも、ガブラスに対する「責務」を感じていたのだろう。

ラーサーを守るために、ヴェインに同志(ジャッジ・ドレイス)の処刑を強要された場面は、まさに「責務」の象徴とも言える。

 

ここでのポイントは、同じ「責務」でも、アーシェは組織の長として、ガブラスは組織の中間管理職と、異なった立場での「責務」を、苦悩として表現していることである!

 

これまでのFFは「自由」を表現していたのに、突然「責務」を表現されたら、戸惑うのは当然。

まして、異なる立場での「責務ゆえの苦悩」を表現されても、「義務」の実感が、あまりない子供には響きません!

 

「義務」という重いテーマは、良くも悪くも、プレイヤーの生活環境に左右されやすい内容である。

 

そして、この重いテーマは、ストーリーを難しく感じさせているのだ!

 

敵キャラが多様に描かれ過ぎている

FF12は、味方キャラはもちろん、敵キャラの価値観や行動理念も、多様に描かれている。

しかし、価値観や行動理念が、多様に描かれることにより、ストーリーが深くなる半面、各キャラの性格や考えを把握していないと、言動や行動に共感できず、面白さが半減するリスクがある。

 

敵キャラの価値観や行動理念が、多様に描かれていた場面として、敵側である帝国の「皇帝グラミス殺害」の場面が一番印象的。

 

グラミス皇帝が暗殺(毒殺)された事件。

犯人は、皇帝やその息子であるヴェインらソリドール家の対抗勢力である元老院のグレゴロス議長で、皇帝暗殺後に自害。

元老院の大半が共犯者とされ一斉に逮捕。

この事態で議会権限が停止され、ヴェインは公安総局により臨時独裁官に任命され就任。

これは茶番だと糾弾して、ヴェインに刃を向けたジャッジ・ドレイスは、公安総局に背いた罪で、ジャッジ・ガブラスの手により処刑された。

これが、実際にムービーとして流れる「皇帝グラミス殺害」の一連である。

ストーリーを流し読みしていると、ヴェインが元老院を排除するために、皇帝を殺害したように見受けられる。

 

しかし、事実は大きく異なる。

ドレイスは、ヴェインが権力を掌握するために皇帝を殺害した考えるが、事実は殺害でなく自害

皇帝は、三男ヴェインを危険視していたが、それ以上に、ヴェインを排除し、四男ラーサーを皇帝に祭り上げ、その後ろ盾で権力を牛耳ろうと企てていた、元老院も危険視していたため、自らの命を持って元老院を排除したのだ。

ヴェインも父グラミスもすべてはソリドール(家)のために」という、同じ理念を掲げていることを知らないと、この場面では殺害と勘違いしてしまう。

 

また、ドレイスはヴェインが弟のラーサーも始末するのでないかと心配していたが、ヴェインは物語を通じて、一貫してラーサーを信頼しており、ラーサーのために汚れ仕事を担い、最終的にはラーサーに帝位を譲る考えだった様子。

ドレイスから見れば、兄2人と父に手をかけたのだから、次は弟の番と考えるのは必然である。

 

一見、冷酷であるヴェインだが、実は2つの行動理念に基づいて行動している。

1つが前述した「すべてはソリドールのために」

もう1つが「歴史を人間の手に取り戻す」ことである。

 

「歴史を人間の手に取り戻す」ためには、シドやヴェーネスと共に、自身が帝国の先陣に立つ必要があるため、自身を指揮官から追いやろうと、企てている元老院は、ヴェインにとって邪魔な存在でしかありません。

そのため、余命が限られたグラミス皇帝に、自害を提案して「すべてはソリドールのために」の理念のもと、グラミスは提案(自身の自害)を受け入れたのである。

ヴェインは敵ながら、「ソリドールの存続」「歴史を人間の手に取り戻す」の、2つの行動理念があったため、キーファクターながら、掴み難いキャラであった。

 

「皇帝グラミス殺害」のイベントにいた、4人のジャッジマスターも、多様に描かれている。

 

ジャッジ・ガブラスやジャッジ・ドレイスは、ラーサー派であり、ラーサーは元老院の人形で終わる人物ではないと確信する一方、人形にならないと分かれば、元老院は手のひらを返してラーサーを潰してくると心配している。

 

ジャッジ・ベルガは「力こそ正義」と考えており、ヴェインを崇拝している。

また、ヴェインの行動原理の1つである「歴史を人間の手に取り戻す」ことにも共感している。

ただし、今回の真相を、どこまで知っている不明だが、ドレイスと違いベルガの場合は、目的のために親族を殺害する非常さも、帝国には必要と考えている。

 

ジャッジ・ザルガバースは、この件が茶番だと知りつつも、帝国を守るためには、ヴェインの力は必要だとドレイスをなだめる一方、ドレイスの処刑を命じたヴェインに対し、声を荒げ、穏便な処断を要求したりと、中立的な立場。

彼は、ヴェイン派でもラーサー派でもない。

 

 

このように、敵側だけ見ても、キャラの価値観や行動理念が多様に描かれている・・・

 

否!!描かれ過ぎているので、キャラをしっかり理解しないと、物語の表面部分しか読み取れず、面白味に欠けてしまうのだ!

 

そして、キャラの理解を疎かにすると、セリフの意味が分からなくなり、ストーリーが難しく感じてしまうのである。

 

 

ストーリーを把握する前提が多すぎる

FF12は、主人公ヴァンを操作するまでの、オープニングの背景(各国の力関係、事実関係、対人関係)をしっかり理解しておかないと、作中のイベントが理解しづらい。

また、作中の主要キャラも、前提知識を理解しているうえで会話を行うため、前提知識がないと、点と点が結びつかず、うやむやのまま物語が進み、悪循環に陥ります( ゚Д゚)

 

そして、ここで問題とされるのが、この前提知識の量!

 

正直、アルティマニアがないと、1周目からしっかり理解するのは難しい。

 

これまでのFFは、ストーリーの前提知識が乏しくても、普通にゲームを進めていけば、ある程度は理解できたが、FF12では、前提知識がないままゲームを進めていくと、理解どころか、余計にストーリーが分からなくなります!

 

ストーリーが分からなくなると、濃厚なストーリーの流れが、おつかいイベントの連続になるので、ストーリーにおいて面白味を失います!

したがって、サガフロ2同様に。本作品のストーリーを深く知るために、アルティマニアが必須なのだ(^^♪

考察ありきのストーリー

プレイヤーにストーリーを投げっぱなしにしている部分が多く、普通にプレイしているだけでは、ストーリーが分かりにくいゲーム・・・と言えば、河津秋敏が携わったサガフロンティア2が、僕の中であまりに有名!

 

そして、FF12のプロデューサーは、FFTやタクティクスオウガを製作した松野泰己であったが、諸事情により河津秋敏に変更となり、サガフロ2同様に、プレイヤーに考察を求める(残す)作品と化した。

 

余談だが、サガフロ2も、当初は「プレイヤーに考察を求めるストーリー」に対し、低評価を受けたが、時間と共に評価を上げた作品である。

FF12も、同じ轍を踏んでることから、これも河津のサガなのかもしれない( ゚Д゚)

 

序盤、プレイヤーに考察を求めている場面は以下2つである。

ビュエルバの統治者オンドール候は、なぜバッシュの死亡という「偽りの情報」を発表してしまったのか。

また、それは帝国(ヴェイン)にとって、どのような利があったのか。

ガブラスがヴェインに、ビュエルバの反帝国組織とオンドール侯は、裏で結託している疑惑があることから「オンドールを押さえるべき」と提示するも、ヴェインは、なぜ実力行使をしなかったか。

これらの真相は、物語の中で全て語られず、プレイヤーが物語の中で得た知識や、ストーリーの流れから、考察することになる。

そして、厄介なことに、製作者側は考察を前提でシナリオを製作しているため、考察を疎かにすると、真意がわからず、ただのおつかいゲーム化する!

 

上記ストーリーの要約は以下の通り。

アーシェが帝国に身柄を拘束された際に、バッシュ一同は、過去に自身の死亡を発表したオンドール侯の元に向かい、アーシェ奪還の手助けを求める。

「バッシュ死亡」を発表したオンドールは、バッシュの生存そのものが「弱み」であることに気付く!

しかし、オンドールは「あえて敵陣に飛び込めば、貴公は本懐を遂げるはずだ」というセリフを放ち、表情でバッシュの覚悟を確認した後に、一同を侵略者として拘束して、バッシュ一同を帝国に引き渡すという形で、要望に応える。

バルフレアは、その真意に気づき「オイオイ、俺たちを巻き込むなよ」という顔で、バッシュに訴えますが、主人公ヴァンは、侵略者として連行された真意が、理解できていません!

 

考察せずに物語を進めると、ヴァン同様に、オンドールの真意が理解できず、わけもわからず帝国の戦艦に連行され、なんとなく物事がうまく進み、アーシェを奪還できた感じになる。

 

しかし、考察してゲームを進めると、

ヴェインは、オンドールの「弱み」を作るために、あえて「バッシュ死亡」の発表を、オンドールにするように圧力をかけたのだ。

オンドールは不信ながらも、ヴェインの狙いまでは気づけず、また帝国との関係を保つために、やむを得ず発表。

ヴェインの狙いは、いざというときは、バッシュの生存を表に出し、反乱軍に不信感を与えることであった。

これが「考察その1」の答えです。

 

バッシュの生存を知ったオンドールは、「ジャッジ・ギースにバッシュの身柄を引き渡す」という内容の手紙を、ヴェインに送ります。

この手紙の真意は、ヴェインの狙いを知った(バレた)、脅しのメッセージでもあった。

ヴェインにとって、オンドールにバッシュの生存を知られたことは想定外だったのだ。

そして、オンドールの目論見通り、ヴェインはガブラスの提示を却下する。

本当の狙いを知られたヴェインは、実力行使をしなかったのでなく、できなかったのだ!

これが「考察その2」の答えです。

 

「あえて敵陣に飛び込めば、貴公は本懐を遂げるはずだ」の言動の裏には、

中立国としての立場を守りつつ、バッシュの要望にも応え、ヴェイン(帝国)に牽制も図るという、真意があったのだ。

少し嫌な見方をすると、仮にバッシュが奪還に失敗して処刑されても、バッシュの死亡を発表したオンドールにとっては、むしろ好都合でもある。

 

このように、FF12では「考察」をプレイヤーに求めており、「考察」の有無で、物語の見方が大きく変わります!

 

更に付け加えるとしたら、大人向けのストーリーであるFFTも、序盤の王女誘拐や公爵誘拐等、考察を求める部分は多かった。

しかしながら、プレイヤーに真意を理解してもらえるよう、ディーリータやウィーグラフがラムザを通じて、プレイヤーに真相や目的を説明している場面が見受けられた!

 

FF12でも、FFT同様に、バルフレアやバッシュがヴァンを通じて、真相や狙いを物語のセリフに組み込めば、もう少しストーリーの真意を、多くのプレイヤーに理解してもらえただろう!

 

プレイヤーに真意を理解してもらえるよう、一定の配慮がなければ、「考察ありきのストーリー」と言われても仕方ありません!

 

そして、「考察ありきのストーリー」は、受け身のストーリーでなくなるため、難しく感じるのは当然である!

 

FF12の低評価要因③:戦闘システムが複雑

FF12と言えば、ライセンスと並び、戦闘システムの要となる「ガンビットシステム」がありました。

しかし「ガンビットシステム」は斬新であったため、複雑に感じたプレイヤーも多かったのではないでしょうか。

 

ライセンスシステムは、無印版から大きく改善されたため、ここでは割愛します。

 

ガンビットシステム

FF12で最も注目を浴びたのが、この「ガンビットシステム」である。

「ガンビットシステム」は、簡単に言ってしまうと、AIの設定をプレイヤーに委ねるものである。

味方のHP○○%以下になったらケアル

一番近い敵に物理攻撃

氷に弱い敵にブリザガ

これらの命令文を、優先順位を設定して組み立てます。

 

ドラクエのAIや、聖剣伝説2・3の操作以外のキャラの行動パターン設定を、より細分化したもので、自由な組み立ができる反面、責任は全て、プレイヤーに帰属します!

ドラクエならば、AIキャラがボス相手に、回復呪文より即死呪文を優先させたからゲームオーバーになった場合、AIに責任転換できますが、この「ガンビットシステム」では、責任転換はできません!

 

この「ガンビットシステム」は、プログラミングのような論理的思考が問われ、これまでのFFの戦闘システムと比較すると、非常に奥が深い( ゚Д゚)

 

しかしながら、采配をプレイヤーに大きく委ねられることから、活かすも殺すも、プレイヤー次第のシステムでもある!

 

また、これまでのFFと違い、この斬新なシステムを、活かさなくても(ガンビットシステムをOFFにしても)、クリアは可能であるため、より一層、活かすプレイヤーと殺すプレイヤーが二極化した。

 

ガンビットシステムを活かさなくても、クリアできるのは、製作者側が、複雑で理解に苦しむプレイヤーを見越していたからだろう!

 

「ガンビットシステム」は、これまでのFFの中で、プレイヤーによって最も差が出るシステムでした。

 

FF12の低評価要因④:過去作品の呪縛

F12は、FFのナンバリング作品であるため、当然ながら、プレイヤーの大半は過去のFFを経験している。

プレイヤー層も、FF1から経験しているコアプレイヤーもいれば、有名なFF10からFFを始めたライトプレイヤーと様々だろう!

 

当然ながら、FF12の評価は、ナンバリング作品である以上、絶対評価でなく、過去作品との相対評価となるため、斬新な要素を多く含めた(含め過ぎた)本作品の評価は、プレイヤーにとって賛否両論となるのは必然である!

 

ストーリーより戦闘重視

「FFといえばストーリー」と、言い切ってしまう人は多い。

実際に、FF10のストーリーは全RPGの中でも、最高傑作に分類されている。

しかしながら、本作品のプロデューサーは、FFTやタクティクスオウガを担当した松野や、ロマサガシリーズを担当した河野である。

 

2人の共通点として、ストーリーより戦闘面(システムや、やり込み等)で、評価されている作品が多いことである。

代表作のロマサガ2なんて、完全に戦闘システムに特化したゲームであった。

ロマサガ2では、キャラなど、ラスボスに対抗できる屈強なメンバーを作るためのコマでしかなかった(゚∀゚)

 

そんな2人によって製作されたFF12は、やはり、ストーリーより戦闘に特化している部分が目立つ!

 

ガンビットシステム等の戦闘システムはもちろん、ラスボスを凌ぐ敵の多さや、レアアイテム収集など、戦闘におけるやり込み要素も圧倒的で、やり込みプレイヤーが続出する、ロマサガシリーズと肩を並べている!!

 

バランス的には、これまでが、ストーリー:戦闘を5:5とすると、本作品は3:7ぐらいだろう!

 

それでも、FF12のストーリーは、前述の通り奥深く、高い評価を得てもおかしくのだが、FFシリーズはもちろん、全RPGの中でもストーリー部門で最高傑作の分類に入る「FF10」と比較されると、戦闘に趣を置いたFF12は、相対評価により低評価に繋がりやすい( ゚Д゚)

 

また、FF10から始めたライトプレイヤーには、戦闘に特化したFF12は、ハードルが高かっただろう!

 

システムの根本部分の撤廃

これまでのFFでは、世界全体を舞台に旅をして、フィールドには、街やダンジョンが設定されていた。

ダンジョンでは、ランダムエンカウントが採用され、敵を倒すと経験値の他に、お金がもらえた。

召喚獣では、おなじみのイフリートやシヴァ、バハムートなどが用意されていた。

 

しかし、FF12では大幅な変更となる!!

世界の一部が舞台。

フィールドは撤廃され、聖剣伝説のようにダンジョンや街が繋がっている。

RPGの定番とも言えるランダムエンカウントを撤廃して、敵を可視化できる仕組み。

フィールドと戦闘が一体化したシームレスタイプのバトルシステム。

敵を倒しても、お金は貰えず、敵が落とした道具を売却することで、お金を得る仕組み。

召喚獣の名前は、FFTのボスであったルカヴィや従来のFFのラスボスの名前。

なお、従来の召喚獣の名前は、帝国軍の飛空艇の名前に使用。

 

この根本部分の撤廃の背景には、「これまでとは違う新しいFFの製作」が、徹底されていたからである。

そのため、FF12は、ナンバリングタイトルを制作した経験がない者たちが、中心となり生み出された作品なのだ!

 

しかしながら、ナンバリングタイトルである以上、根本が、あまりに異なれば「これはFFではない!」と拒絶反応が出るのは必然であり、結果として賛否両論の主要因の1つとなる!

 

FFを期待するプレイヤーに、FFでない作品を提供すれば、たとえ、作品自体が名作でも評価は落ちますよね。

飲食で例えるなら、ラーメンの「量」を期待する客に「味」で勝負するようなものです。

提供側が、顧客のニーズに合ったサービスを提供しなければ、不満が出るのは当然です!

 

単純な勧善懲悪の話ではない

FF12は、味方キャラはもちろん、敵キャラにも様々な価値観が描かれており、これまでの作品のような、

 

「帝国=悪」「世界を滅ぼす悪い敵」

 

このような分かりやすい構造ではない!

 

そのため、悪い敵を成敗して、世界を救うことに趣を置くプレイヤーにとって、FF12は消化不良に悩まされる。

例えば、敵側であるヴェインやシドにおいても、お互いに強い信頼関係を築いているうえに「歴史を人間の手に取り戻す」という、RPGの主人公側のテーマになりそうな信念も共有している。

また、ストーリーを追及していくと、実はヴェイン達の行動の方が「人類にとって正しかったのではないか」という意見すら散見される。

 

Ff12の話を要約すると、

神に近い種族「オキューリア」は、自分たちが認めた人間に、「破魔石」という強力な力を持つ魔石を与えることで、イヴァリースを管理していました。

しかし、「オキューリア」の異端児であるヴェーネスは、オキューリアには歴史を導く資格などないと考え、ヴェイン、シドに破魔石の秘密を教えました。

秘密を知ったシドは、オキューリアに管理されていた事実に嘆き、「歴史を人間の手に取り戻す」ことを誓います。

そして、シドは破魔石を入手(製造)するために、新たな覇王となるヴェインと共謀して、ナブラディア、そしてアーシェの祖国であるダルマスカを侵略します。(侵略の目的は破魔石だけでなく、ロザリアとの大戦準備もあります。)

その「歴史を人間の手に取り戻す」過程で、アーシェの祖国を侵略した結果、アーシェや主人公のような帝国に復讐を持つ者や、バルフレアのような因縁を持つ者が現れる筋書きです。

目的(破魔石)のために、ナブラディアやダルマスカで犠牲者を出したことに対しては「悪」かもしれませんが、目的を果たすために、相手側に犠牲者が出ることは、一般のゲームでも良く出てくる話である。

 

FF7序盤のミッドガルの魔晄炉爆破は、その典型ですよね。

物語の終盤で、ミッドガルの幹部であるリースが、魔晄炉爆破により多くの市民が犠牲になった事について、バレットを責めますが、深く追求されるとプレイヤーも後味が悪いので、ティファが仲裁に入り、事なかれにしましたよね。

 

 

また、FF12の特徴として、あえて単純な勧善懲悪にならないよう、意図して製作している部分も見受けられます。

 

ドクターシドに関しては、自身の野望や好奇心のために、多くの犠牲者を出すも、最期は息子バルフレアの腕の中で、光の粒子となり消え去るという、感動的な場面となっている。

バルフレアのセリフから、捉え方によっては、彼もまた、破魔石に憑りつかれた被害者の1人である。

 

ヴェーネスにおいても、最後までヴェインを見捨てず、むしろ、新たな覇王となる責務を果たせなかったことを悔やむヴェインに対して、責務は果たされたと、感謝の言葉を発するぐらい強い信頼関係を見せつけてくれる。

なお、オキューリアがラスボスでない展開に対しては、ファンの中でも二極化している。

なぜなら、これまでのFFであれば、「実はヴェーネスが、他のオキューリアや人間に代わり、自分が世界の覇王(神)を狙っており、ヴェイン達の価値観を利用していた黒幕」等の理由づけをして、ラスボスに抜擢する展開だったからである。

 

ヴェインにおいても、2か国の侵略の他に、冷酷非道な場面も描かれており、FFTのベオルブ家の長兄ダイスダークのような「悪役」にすることも可能であったが、シドやヴェーネスとの信頼関係、弟ラーサーへの想い、ソリドール家に対する強い責務から、完全な「悪役」とは断定できない。

エンディングで、ラスボスであるヴェインの死が、「名誉の戦死」として扱われているのも、これまでのFFから見れば、異例の措置である。

ヴェインについては、葛藤を全面に出しすぎると、プレイヤーが倒した後の後味が悪くなるため、あえて、葛藤の場面は少なくしたみたいです。

言われてみれば、ヴェインの苦悩の場面は、後ろ向きや、首から下しか映っていなかったことが、多かったです。

 

この時代は、まだ「勧善懲悪」を求めているプレイヤーが多かったため、結果として賛否両論の主要因の1つとなる!

 

勧善懲悪と割り切れないラスボスとして、ドラクエ4のピサロが有名だが、リメイク版では、追加イベントを用いて勧善懲悪(ピサロを陥れた黒幕を、ピサロと共闘として撃破)に修正されている。

 

この追加イベントも、プレイヤーから「後味が良くない」という声が多かったからだろう!

 

スクウェアの勧善懲悪でない作品としては、ライブ・ア・ライブのラスボスが挙げられる。

 

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ストーリー構成

これまでのFFは、メインストーリーと、おまけのサブイベントであったが、本作品の構成は大きく変動し、モブ討伐等のサブイベントが非常に多く、序盤から寄り道可能な構成となっている!

サブイベントが豊富なため、寄り道ばかりして、メインストーリーの内容を忘れるプレイヤーも多かっただろう!

 

これまでのFFが、メインストーリーに注力していたのに対し、FF12はサブイベントにも注力しているため、メインストーリーだけで過去作品と比較すると、低評価に繋がりやすい!

 

また、モブ討伐におけるモブの戦闘能力は、ラスボスを圧倒的に凌ぐ強敵が多く、正直ストーリーより、これらの強敵との闘いの方が、記憶に残っているのは、僕だけでしょうかね( ゚Д゚)

 

おわりに

大変長くなってしまいましたが、まとめると以下の通りです。

 

①ストーリーも戦闘システムも、プレイヤーに大きく委ねている!
革新派からは「プレイヤーを信頼し尊重してくれるゲーム」と高評価であった。
一方、「製作側が、あらかじめ引いたレールの上を歩く」ことに慣れた保守派からは低評価となった。
②ストーリー、戦闘システム、主人公を含む、キャラ設定や配置など、多くの点で従来のナンバリングタイトルとは全く異なる方向の作品であった。
広い層に遊ばれることが、明確なシリーズにも関わらず、誰が遊ぶのかという認識が甘く、自分たちが作りたいゲームに没頭してしまい、結果として、受入口を自ら狭めてしまったため低評価となった。

日本の家電製品も顧客の求めることより、技術者が取組(具現化・表現)したいことを優先しているため、技術面では劣るが、顧客の需要を押さえた、海外の家電に遅れを取っているよね。

 

 

最後になりますが、本作品のテーマは「自由と義務」であり、主人公一同は「自由」を求めます。

これはゲームの中身に限らず、製作者側やプレイヤーにとっても「自由」であり、これまでの「FFはこうでなければいけない!」といった「義務」から、解放された作品である。

 

しかし、義務や価値観に縛られたプレイヤーにとっては、この「自由」を受け入れることが難しかった!

 

また、製作者側も、FFは万人受けしなければならない「義務」から脱却して、「プレイヤーに選ばれる作品」でなく、「プレイヤーを選ぶ作品」にしたことが、賛否両論の1番の要因となりました!

 

FF12は、賛否両論が激しい作品ですが、世界観の独創性、ストーリー、キャラクターの作り込み、やり込みなど、大変凝った名作であるため、発売当時に低評価した方にも、今一度、FF12の面白さを味わってほしいと思ってます。

 

※リマスター版では、無印版の欠点であった、キャラの汎用化や倍速モード等、システム面で改善が施されています。

 

駄文ながら、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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