ユダヤの国イスラエル(トルコ・ヨルダン)1人旅ブログ その2 




一人旅でイスラエル(ついでにヨルダン・トルコ)に行ってきました。
アラブの春の真っ最中で隣国のシリアやエジプトでは内戦やテロが起こっていましたが、イスラエルは問題ありませんでした。

<日程>

1日目 出国 大阪→イスタンブール

2日目 イスタンブール→テルアビブ→ハイファ⇔ナザレ、ティベリヤ

その1

3日目 ハイファ→エン・ゲディ(死海)→マサダ国立公園→エイラット

4日目 エイラット⇔ペトラ遺跡(ヨルダン)

<今回の記事はココです>

5日目 エイラット→エルサレム

6日目 エルサレム→パレスチナ自治区(ベツレヘム)→テルアビブ 出国

その3

7日目 イスタンブール

8日目 イスタンブール→大阪

9日目 帰国

その4

ツアーではないです。日本で事前に手配したのは航空券とエイラット⇔ペトラ遺跡の個別ツアーだけです。

イスラエル一言メモ

・基本英語は通じます。

・7月に行ったので暑かったです。エイラットや死海では40度ほど。

・人はあまり親切な印象はなかったです。

・5日間イスラエルにいましたが日本人観光客は一人も見かけませんでした。

・武装した兵士がたくさんいます。エルサレムは特に厳重でした。エイリアンが現れてもおそらく5分以内に制圧されるでしょう。

・物価は日本とあまり変わらなかったです。

・移動手段は主にバスです。国の面積は四国程度なのでバス移動もそこまで時間を要しません。(最南のエイラットから中心のエルサレムまで4時間ほど)

・パレスチナは情勢次第では入れなくなります。ベツレヘムやエリコを予定している方は情勢を気にしましょう。

・パレスチナガザ地区は危険なので近づかないようにしましょう。ロケット弾が飛んできます。

・空港セキュリティは今まで行った国の中で一番厳しかったです。他の国と違い出発3時間前にチェックインがデフォです。

3日目 ハイファ→エン・ゲディ(死海)→マサダ→エイラット

地中海に面した街を探索

前日はハイファ到着後もすぐにナザレに向かったため、実質的にはこの日がハイファ観光となる。まずは地中海を見に海辺へ向かう。

ただの海にしか見えない。ランニングしている人を何人か見かける。地中海沿いのジョギングは気持ちよさそうだった。

地中海の水がしょっぱいことを確認した後はハイファ湾の眺望を堪能するために、丘の上にあるステラ・マリス・カルメリット修道院へ向かう。

市街地から徒歩30分程歩きロープウェイを使って到着。帰りは遊歩道を利用して下山。

丘の上から見たハイファ

街のシンボルであり世界遺産のバハーイー庭園

街に戻って朝ごはんを食べて、泊まる部屋を貸してくれたオーナー夫妻に挨拶した後、世界で一番塩分濃度が高い湖「死海」行くために一旦電車でテルアビブに戻るのであった。

浮遊体験といえば死海

テルアビブからバスに乗る事3時間、死海が見えてくる。降りるバス停を間違えないように死海が見えたあたりからバスの運転手に降りる場所を事前告知して無事到着。

バスから見た死海

地球の歩き方には無料のパブリックビーチで十分と書かれていたため無料のビーチを目指す。ビーチに向かうと浮遊体験を楽しんでる人が多い。水の上を大の字で寝たり、水に浮かびながらカップラーメンを食べている人もいた。

僕も関空で買った少年ジャンプを持参して水の上で読書する姿を撮ってもらった。ここまで重たいジャンプを持ってきた甲斐があった。

尚、ここでは苦手な背泳ぎも簡単にできる。

泳ぎの苦手な方でもここでは溺れる心配がありません。

みんな優雅に泳いでいます。

念願の死海でジャンプを読む。

この日は40度以上あったため水遊びを満喫するつもりだったが塩分濃度が高すぎるためか体の水分が奪われる感じがしたため15分に1回は水の外に出ていた。

また水を舐めるとしょっぱいを通り越して舌が痛かった。もし目に水が入ったらシャレにならない痛さだろう。

水遊びを楽しんだ後は念入りに塩水をシャワーで流して重たいジャンプを破棄してバスに再び乗り世界遺産マサダに向かうのであった。

難攻不落の要塞マサダ

死海からバスに乗って世界遺産マサダに到着。

マサダは砂漠にそびえた立つ岩山の上に建設された要塞でありユダヤ民族結束の象徴である。

またAC70年、ローマ軍に追いつめられたユダヤ人が2年以上籠城戦を繰り広げた場所でもある。

砂漠の絶壁であり、まさに自然の要塞。

難攻不落の要塞とはいえロープウェイを使えば3分程で乗り込める。要塞とはいえ大部分がローマ軍により破壊されており砂漠の廃墟という感じであった。

聖剣伝説2の廃墟のBGMがよく似合う感じであった

マサダからは死海や広大な岩石砂漠を見渡せます。すごい場所に来たなと改めて感心しました。

ロープウェイで登った場所の海抜は33m。ロープウェイ乗り場は海抜-257m。

建物はほとんど崩壊してますが、かなり広く当時はひとつの町としての機能を備えてた。

マサダ観光後はお土産屋で死海の泥パックや石鹸を購入。その後一時間近く一人でバスを待つことに。(ほとんどの観光客はツアー参加だったため)

待っている間も暑さのせいか喉が渇くも、お土産屋は17時で閉店。お土産より水をもう一本買っておくべきだったと後悔するも門番のおじさんがペットボトルをくれる。

砂漠地帯のため暑さ+乾燥という日本にはない気候のため水分補給は非常に重要である。おじさんに感謝。

バスに乗り込んだ後は、すぐに寝てしまうも道中いきなり検問。目が覚めたらアサルトライフルを持った複数の兵士が乗客と話をしていた。

一瞬、テロリストにバスが乗っ取られたかと思いました。

冷静でいられた理由としてバスに乗った際、隣の乗客も兵士でアサルトライフルを所持していたからだと思います。

この国では一般のバスにも高確率で兵士も乗客しています。

そしてアサルトライフルを所持している方も多いので最初の頃はびっくりしました。

イスラエル最南端の街エイラット

マサダから3時間程でエイラット到着。

とりあえず翌日のペトラツアーの待ち合わせ場所であるホテルを目指す。少々宿泊料が高かったが疲れていたため即決する。

ホテルに荷物を置いた後は夜の街を散策。夜遅かったため夕食は軽めの日本食を提供している店を選ぶ。

思えば初日も2日目も一切日本人を見かけず、日本語も喋っていないので軽くホームシックな感じだったのかもしれない。

明日は朝7時に集合であったため夕食後はホテルに戻り消灯。

ホテルは割高であったが部屋は広い以外いたって普通。一応ホテルにプールはあった。

4日目 エイラット⇔ペトラ遺跡

まずはイスラエル・ヨルダン国境へ

本日は日本で申込みしたペトラ日帰りツアーに参加。

とりあえず約束の時間にホテル入口で待っているとガイドが迎えに来た。その後いくつかのホテルでツアー客を拾って出発。

どうやらメンバーはドイツ人のおっさんとイギリス人の中年女性とブラジル人のおばちゃん2人とオーストラリア人の若い女の子2人のようだ。

かなりグローバルなメンバーである

国境に到着後はガイドが入国審査官と長く話をしていたため、暇つぶしに周囲の写真を撮っていたら怒られる。イミグレは空港同様に写真厳禁みたいだけど、陸路の国境は人生2度目であったため(欧州は除く)ついつい興奮して写真を撮ってしまった。

僕は入出国審査は無事済んだが、イギリス人の女性が結構長く捕まっていた。

今回の旅行でペトラを単独旅行でなくツアーに参加した理由がこの入出国である

イスラエルの入出国はかなり厳しいため、万が一陸路の出国が認められずペトラに行けないオチを防ぐためでもある。

中東を代表する遺跡ペトラへ

ヨルダン入国後1時間半ほどでペトラに到着。入口でガイドが帰りの時刻について説明していたが、英語のため話半分が理解できず。

話が終わった後優しいドイツ人のおっさんが帰りの集合時間について丁寧に教えてくれた。

話が終わった後は自由行動なため自分のペースで遺跡内部へとテクテクと歩く。

両側を岩壁に挟まれた細い路地を15程歩くとペトラの代名詞ともいえるアル・ハズネ遺跡が見えてくる。

ここは撮影スポットであり撮影用のラクダもいます。

岩壁に挟まれた細道歩いていると突如、アル・ハズネ遺跡が見えてきます。

何枚か写真を撮り更に奥に進むと円形闘技場や大寺院が見えてきます。この辺りからは高低差もあり気温も40度を超えていたためかなりの体力を消耗します。

こまめに水分補給をして定期的に日陰で休憩しながら遺跡を探索。

遺跡はかなり広く1日で全てを回るのは大変な意味が分かります。一部のツアー客はラクダに乗って観光していました。

アル・ハズネ遺跡の奥も見どころいっぱいです。

ヨルダン・エジプトが見渡せる海岸へ

ペトラ観光後は再びイスラエルのエイラットへ。帰りは国境も全員スムーズに通過できました。

国境は行きと違いかなり空いていました。

まずは海岸沿いのショッピングモールへ。ここではマックやGAP等、飲食店やアパレルショップが何店舗か入っています。

日本でもよく見かける複合施設ですが違いは入口で荷物検査や探知機ゲートがあることです。

ここは平和な日本でなく、いつ有事になってもおかしくないイスラエルなのです。

海岸沿いには飲食店やお土産屋がいくつか並んでおり観光客も多く、イスラエルのリゾート地であることから沖縄を連想させるような街でした。

また夜になるとアカバ湾からは隣国エジプトのターバーやヨルダンのアカバの街の灯りがはっきりわかります。

実際この2つの街への1時間以内で行くことができます。

対岸の灯りがヨルダンのアカバ。違う場所からはエジプトのターバーも見える。

アフリカ大陸から中東・ヨーロッパに陸路で行くためには一般的にはこのエイラットが架け橋の街となるため交易面において非常に重要な街でもある

(もう一つハマスが支配するパレスチナのルートもあるが情勢面からこちらはオススメできない。またパレスチナからイスラエルの入国が非常に困難だと思われる)

夕食は前日と同じ日本食の店に入り、違うメニューを頼む。

夕食後は明日の朝食分をマックで購入。街をフラフラした後、ホテルに戻り消灯。

この日は焼き鳥ご飯だったが米はやはり日本産の方が良い。




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