こんにちは、一人旅が大好きなcoco13世です。
アラブの春が中東で広まった頃に、イスラエル(ついでにヨルダン・トルコ)へ、1人で旅行してきました(^^)/
イスラエルは「危険な国」なイメージが強く、旅行先としては選ばれにくい観光地です。
しかしながら、宗教聖地エルサレムを筆頭に観光名所は多く、多少のリスクを取ってでも、行く価値はあると断言できます。
そうは言っても、一定の信ぴょう性の高い情報は必要です。
そんなわけで、実際の旅行体験を時系列でまとめてみたので、定番の旅行に飽きた方、イスラエルに興味を持っている方は参考にしてください。
<日程>
1日目 出国 大阪→イスタンブール
2日目 イスタンブール→テルアビブ→ハイファ⇔ナザレ、ティベリヤ
3日目 ハイファ→エン・ゲディ(死海)→マサダ国立公園→エイラット
4日目 エイラット⇔ペトラ遺跡(ヨルダン)
<今回の記事はココです>
5日目 エイラット→エルサレム
6日目 エルサレム→パレスチナ自治区(ベツレヘム)→テルアビブ 出国
7日目 イスタンブール
8日目 イスタンブール→大阪
9日目 帰国
ツアーではないです。
日本で事前に手配したのは、航空券とエイラット⇔ペトラ遺跡の個別ツアーだけです。
part2ではイスラエル中部と南部と隣国ヨルダンの体験談となります。
イスラエル旅行3日目
朝に軽くハイファを観光。
その後はテルアビブへ一旦戻り、バス移動で死海とマサダへ。
そして本日の締めくくりは、イスラエル最南の街エイラット。
地中海に面した街を探索
前日はハイファ到着後、すぐにナザレに向かったため、実質的に、この日がハイファ観光となる。
まずは地中海を見に、海辺へ向かう。
地中海・・・
ただの海にしか見えない。
ランニングしている人を何人か見かける。
地中海沿いのジョギングは、気持ちよさそう(^^)
地中海の水が、しょっぱいことを確認(^^)/
その後、ハイファ湾の眺望を堪能するために、丘の上にある「ステラ・マリス・カルメリット修道院」へ向かう。
市街地から徒歩30分程歩き、ロープウェイを使って到着。
帰りは遊歩道を利用して下山。
ステラ・マリス・カルメリット修道院からの景色。
街のシンボルである、世界遺産のバハーイー庭園。
夜はライトアップされていて綺麗でした。
市街地に戻って、朝ごはんを済ませ、泊まる部屋を貸してくれた、オーナー夫妻に挨拶。
次なる舞台となる、世界で一番塩分濃度が高い湖「死海」へ行くために、一旦、電車でテルアビブに戻る。
浮遊体験といえば死海
テルアビブからバスに乗る事3時間。
正面に死海が見えてくる。
降りるバス停を間違えないよう、死海が見えたあたりから、バスの運転手に降りる場所を、事前告知して無事到着。
地球の歩き方には、無料のパブリックビーチで十分と書かれていたため、無料のビーチを目指す。
ビーチに向かうと、浮遊体験を楽しんでる人が多い(^^♪
水の上を大の字で寝たり、水に浮かびながら、カップラーメンを食べている人もいた。
僕も関空で買った少年ジャンプを持参して、水の上で読書する姿を撮ってもらった(^^)/
ここまで、重たいジャンプを持ってきた甲斐があった。
なお、ここでは苦手な背泳ぎも簡単にできる(^^)
泳ぎの苦手な方でも、ここでは溺れる心配がない!
みんな優雅に泳いでいた。
念願の死海でジャンプを読む(゚∀゚)
この日は40度以上あったため、水遊びを満喫するつもりであった。
しかし、塩分濃度が高すぎるためか、体の水分が奪われる感じがしたため、15分に1回は水の外に出ていた。
また水を舐めると、しょっぱいを通り越して、舌が痛かった。
もし目に水が入ったら、シャレにならない痛さだろう!
水遊びを楽しんだ後は、念入りに塩水をシャワーで流す。
そして、重たいジャンプとおさらばして、バスに再び乗り、世界遺産「マサダ」に向かう!
難攻不落の要塞マサダ
マサダは砂漠にそびえた立つ、岩山の上に建設された要塞であり、ユダヤ民族結束の象徴である。
またAC70年、ローマ軍に追いつめられたユダヤ人が、2年以上に渡り、籠城戦を繰り広げた場所でもある。
砂漠の絶壁であり、まさに自然の要塞。
しかし、難攻不落の要塞とはいえ、ロープウェイを使えば3分程で乗り込める!
また砂漠の要塞とはいえ、大部分がローマ軍により破壊されており、砂漠の廃墟という感じであった。
聖剣伝説2の廃墟のBGMが、よく似合う感じかな(^^)/
マサダからは、死海や広大な岩石砂漠を見渡せる。
すごい場所に来たなと、改めて感心。
ロープウェイで登った場所は、海抜33m。
ロープウェイ乗り場は、海抜-257m。
建物はほとんど崩壊してますが、かなり広く、当時はひとつの町としての機能を備えてた。
マサダ観光後は、お土産屋で死海の泥パックや石鹸を購入。
その後、一時間近く、一人でバスを待つことに。(ほとんどの観光客は、ツアー参加だったため)
待っている間も、暑さのせいか喉が渇く。
水が販売されている頼みのお土産屋も、17時閉店。
お土産より、水をもう一本買っておくべきだったと後悔するも、門番のおじさんがペットボトルをくれる。
砂漠地帯のため、暑さ+乾燥という、日本にはない気候であり、水分補給は非常に重要である。
おじさんに感謝(^^♪
バスに乗り込んだ後は、すぐに寝てしまうも、道中いきなり検問。
目が覚めたら、アサルトライフルを持った複数の兵士が、乗客と話をしていた( ゚Д゚)
一瞬、テロリストにバスが乗っ取られたかと勘違い!!
冷静でいられた理由として、バスに乗った際、隣の乗客も兵士で、アサルトライフルを所持していたからだと思います。
イスラエルでは、一般のバスにも、高確率で兵士も乗客してくる。
そして、アサルトライフルを所持している方も多いので、最初の頃はびっくりします(゚Д゚)
イスラエル最南端の街エイラット
マサダから3時間程でエイラット到着。
とりあえず、翌日のペトラツアーの待ち合わせ場所である、ホテルを目指す。
少々、宿泊料が高かったが、疲れていたため即決する。
ホテルに荷物を置いた後、夜の街を散策。
夜遅かったため、夕食は軽めの日本食を提供している店を選ぶ。
思えば、初日も2日目も一切、日本人を見かけず、日本語も喋っていないので、軽くホームシックな感じになる。
明日は朝7時に集合であったため、夕食後はホテルに戻り消灯。
ホテルは日本円で1万円弱と、割高であったが,、部屋は広い以外いたって普通。
一応、ホテルにプールはあった。
イスラエル旅行4日目
この日は、ペトラ遺跡ツアーに参加。
人生2度目のしっかりとした陸路国境超え。
夕方からはエイラット観光。
まずはイスラエル・ヨルダン国境へ
本日は、日本で申込みした「ペトラ日帰りツアー」に参加。
とりあえず約束の時間に、ホテル入口で待っていると、ガイドが迎えに来た。
その後、いくつかのホテルでツアー客を拾って出発。
どうやらメンバーは、ドイツ人のおっさん、イギリス人の中年女性、ブラジル人のおばちゃん2人、オーストラリア人の若い女の子2人のようだ。
かなりグローバルなメンバーである!!
国境に到着後は、ガイドが入国審査官と長く話をしていたため、暇つぶしに、周囲の写真を撮っていたら怒られる。
イミグレは空港同様に、写真厳禁みたいだけど、陸路の国境は人生2度目であったため(欧州は除く)、ついつい興奮して、写真を撮ってしまった(>_<)
自分の出国審査は無事済んだが、イギリス人の女性が、結構長く捕まっていた。
今回の旅行で「ペトラ」を単独旅行でなく、ツアーに参加した理由が、この入出国である。
イスラエルの入出国は、かなり厳しいため、万が一陸路の出国が認められず、ペトラに行けないオチを防ぐためツアーを選択。
朝のせいか、国境内は混雑していました。
中東を代表する遺跡ペトラ
ヨルダン入国後、1時間半ほどでペトラに到着。
入口でガイドが、帰りの時刻について説明していたが、英語のため話半分が理解できず(>_<)
話が終わった後、優しいドイツ人のおっさんが、帰りの集合時間について、丁寧に教えてくれた(^^♪
話が終わった後は自由行動なため、自分のペースで遺跡内部へとテクテクと歩く。
両側を岩壁に挟まれた細い路地を15程歩くと、ペトラの代名詞ともいえる「アル・ハズネ遺跡」が見えてくる。
ここは撮影スポットであり、撮影用のラクダもいる。
何枚か写真を撮り、更に奥に進むと、円形闘技場や大寺院が見えてくる。
この辺りからは高低差もあり、気温も40度を超えていたため、かなりの体力を消耗する( ゚Д゚)
こまめに水分補給をして、定期的に日陰で休憩しながら、遺跡を探索。
遺跡はかなり広く、1日で全てを回るのは大変。
なお、一部のツアー客は、ラクダに乗って観光していた。
アル・ハズネ遺跡の奥も、見どころは多い!
ヨルダン・エジプトが見渡せる海岸へ
ペトラ観光後は、再びイスラエルのエイラットへ。
帰りの国境は、全員スムーズに通過(^^)/
国境は行きと違い、かなり空いていた。
ホテルに戻った後は、海岸沿いのショッピングモールへ。
ここではマックやGAP等、飲食店やアパレルショップが何店舗か入っている。
日本でもよく見かける複合施設だが、違いは1つ。
それは、入口で荷物検査や探知機ゲートがあること!!
ここは平和な日本でなく、いつ有事になっても、おかしくないイスラエルであることを、改めて実感!
海岸沿いには、飲食店やお土産屋がいくつか並んでおり、観光客も多い。
また、アメリカ寄りのイスラエルのリゾート地であることから、沖縄を連想させるような街であった。
夜になるとアカバ湾から、隣国エジプトのターバーや、ヨルダンのアカバの街の灯りが、はっきり見えます。
実際この2つの街へは、1時間以内で行くことが可能。
対岸の灯りが、ヨルダンのアカバ。
違う場所からは、エジプトのターバーも見える。
アフリカ大陸から、中東・ヨーロッパに陸路で行くためには、一般的には、このエイラットが架け橋の街となるため、交易面において、非常に重要な街でもある。
(もう一つ、ハマスが支配するパレスチナのルートもあるが、情勢面からこちらはオススメできない。またパレスチナ<ガザ>からイスラエルの入国が、非常に困難だと思われる。)
夕食は、前日と同じ日本食の店に入り、違うメニューを頼む。
夕食後、明日の朝食分をマックで購入。
街をフラフラした後、ホテルに戻り消灯。
この日は焼き鳥ご飯だったが、米はやはり日本産の方が良い(^^)
part2はここまです。
\イスラエル北部観光はpart1へ/
\エルサレム・パレスチナ旅行記はpart3へ/
\イスタンブール旅行記はpart4へ/