FF12の印象に残った名言・名場面10選




こんにちは。switchで子供と仲良くFF12をプレイしているcoco13世です。

今日は2006年の発売当初は低評価でしたが、その後は時代と共に名誉を取り戻したFF12の印象に残った名言・名場面を紹介します。

なお、FF12の名言・名場面はその裏側を理解することによって良さが伝わってくるのが特徴なので、その裏側についても併せて述べていきます。

ジャッジマスターを―甘く見るなっ!

レダス(ジャッジ・ゼクト)の最期の言葉。

かつて首都ナブディスを一瞬にして焼き尽くした「破魔石」の源である天陽の繭が今まさに暴発しようとしていた。

なんと、その威力はナブディスを壊滅した時の数千倍らしい。

大惨事を止めるためにアーシェとヴァンが覇王の剣と契約の剣を握り繭に近づこうとするも、繭から発する強烈なミストの風により、一歩踏み出すのも一苦労な2人。

そんな2人を止め、逃げることを促したのがレダス。

レダスは繭を破壊するために一気に突き進み飛びかかる。

ヴァンが「レダス、無理だ―」と叫ぶが、

レダスは「ジャッジマスターを甘く見るなっ!」と返し、

天陽の繭を断ち切り、爆発と共に消え去った・・・。

レダスは2年前のジャッジマスター時代に自らが引き金となってナブディスを破魔石の力で崩壊させた過去がある。

ナブディス崩壊後は帝国を抜け、バーフォンハイムで空賊となるも、ナブディスの一件は許されぬ心の縛鎖となっていた。

そしていつの日か、ナブディスに償いをしなればならないと考えていた。

そんな過去からレダスは己の命と引き換えに繭を破壊して、ナブディスの二の舞を防いだのであった。

最期に「ジャッジマスター」という言葉が出たのは、

レダスは本作の作品のテーマである「自由と義務」の義務側のキャラであり、レダスを縛る「義務」というのがナブディスへの償いである。

だからこと最期のセリフでジャッジマスターとしての最後の義務(ナブディスの償い)を果たすために「ジャッジマスター」という言葉を発したのだと思います。

本作品はもちろんFFシリーズの中でも、その死に様はカッコよく、また切ない場面でもありました。

作中で戦うジャッジマスターは風貌とは裏腹に、どいつもこいつも弱かったですが、レダスのおかげでジャッジマスターは強き存在だったと認識させられたプレイヤーは多かったのではないでしょうか。

だからこそ―あがくのだ

戦艦シヴァ内で対峙する同志ウォースラの「なぜだバッシュ、お前なら現実が見えるだろう」という問いに対するバッシュの返しのセリフである。

ウォースラの言う「現実」とは巨大戦艦を含む帝国の圧倒的な軍事力のこと。

ウォースラは戦争敗北後の2年間をダルマスカ解放軍の将軍としてアーシェと共に抗ってきたが、その中で帝国との力の差を思い知ります。

そして帝国と真っ向から挑むのは現実的でないと考えたウォースラはジャッジ・ギースとの密談のなかで帝国に屈する選択を受け入れます。

ただし勘違いしていけないのはウォースラが帝国に屈する選択を選んだのはダルマスカの未来を想ってのことであり、己の保身や欲望ではないことである。(そのことはバッシュも理解しておりウォースラ撃破後にフォローしています。)

だからこそバッシュに「お前なら現実が見えるだろう」と自身の選択の同調を求めてしまうのですが、さすがはバッシュ元将軍。

「だからこそ―あがくのだ」とセリフを躊躇なく言い切ります!

バッシュは二度祖国を滅ぼされており帝国の力を十分に理解していますが、それでも帝国に屈しず(アーシェの)義に愚直な言動が本当にカッコいいです。

現実世界でも厳しく苦しい現実をスマートに受け入れる人より、がむしゃらに挑みあがく人の方が泥臭く感じるけどカッコよくも感じます。

ここで「戦う」「立ち向かう」でなく、あえて「あがく」という言葉を選択してくれたのもよかったです。

「あがく」という言葉から現実は相当厳しいものであると認識していることが分かりますし、その厳しい現実の中でも、最後まで諦めずに挑んでいくという確固たる意志が伝わってきます。

守りたいものほど守れはしない

ジャッジマスターのリーダー格、ジャッジ・ガブラスが空中要塞バハムートでバッシュに向かって言ったセリフ。

大灯台でも「守るべきものほど守れずに失うとな!」と似たようなセリフを言っています。

まず、このセリフを理解するためにはガブラスとバッシュの過去の背景を知っておく必要があります。

ガブラスとバッシュの兄弟は10年以上前に祖国ランディスを帝国に滅ぼされています。

その後、ガブラスは母親を養うために帝国に流れ、未来を守るためには「力」が必要だと感じ、祖国を滅ぼした宿敵である帝国に仕えジャッジ・マスターまで登りつめます。

一方、バッシュは祖国ランディスを滅ぼされた後、ダルマスカに流れますがダルマスカもまた帝国に敗けてしまいます。

ガブラスの「守りたいものほど守れはしない」のセリフには「力無き者は守りたくても守れない」と意味が含まれいます。

そのため、大灯台にて「力があっても過去は変わらない」と決意し、「力」の象徴である「破魔石」を砕く結論を出したアーシェに対し、

「だが力なき者に未来はない。何者も守れはしない」と即座に反論します。

ガブラスにとって守るべきものを守るためには、たとえ己の手を汚し、罪を感じようが「力」を手に入れることが「守るための責務」だと認識しています。

罪を感じていることについてはガブラスが自分自身のことを「野良犬同然」と発言したり「故郷を滅ぼした帝国に、尻尾を振って仕えた報いだ」というセリフからも感じ取れます。

ガブラス自身は「力」のために己の手を汚し望まぬ罪を背負う人生を歩んだのにも関わらず、バッシュは祖国に続きダルマスカまでも守れなかったにのに、今も尚、己の信念を貫き通そうとしていることを認めたくない(認めることはこれまでの自分の人生の否定になる)ことからバッシュに対し激しい怒りを覚えたのです。

またガブラスの悲運はグラミス皇帝の命令で四男ラーサーの盾役の任務の他に三男ヴェインの監視を行っていましたが、グラミス皇帝死亡の際にヴェインに主人を変えたいならジャッジマスターとしての責任(この場面ではヴェインに刃向かった同志ジャッジ・ドレイスの粛清)を全うせよと命じられラーサーの未来を守るために苦汁の決断(自身の手でドレイス処刑)をさせられることです。(ジャッジ・ドレイスとは共にラーサーを守ると堅く誓った仲です。)

また大灯台では自身の暴走により、シドにラーサーの護衛の任を解かれて守るべきものを失います。

このようにガブラスは守るために「力」を手に入れたはずなのに、同志も守るべき存在も手から離れ落ちてしまいます。

一方バッシュは二度の帝国との敗戦で守りたいものほど守れはしないことを痛感したにも関わらず今も自分を見失わずアーシェを守るその姿にガブラスは疑問と怒りの感情が爆発してします。

そして・・・

「守りたいものほど守れはしない。」

というセリフと共に剣を抜き、バッシュ一同と最後の闘いを望みます。

祖国を滅ぼされ、その後は別の道を歩むも、守るべきものために戦ってきた2人の兄弟のやり取りは本作品の中でも印象的でした。

またガブラスがセリフと共に剣を抜いた姿が本作品のパッケージ画像であることかも相まってカッコいいシーンでもありました。

ガブラスの一番の怒りが上記の2つの理由以上に「バッシュが故郷と家族を捨てたことが許せない」という私的な感情であったことも「義務」の象徴であるガブラスの人間味の部分が見れたという点ではプラス評価でした。

「守りたいものほど守れはしない。違うか!」に対し「お前の問いに答えるのが兄としてのつとめだな」と真っ向からガブラスの迷いや怒りを受け止めるバッシュも相変わらずカッコいいです。

製作者側もこのシーンに力を入れており、パッケージ画像の他に戦闘中にもカットシーンも導入していました。

きみらにも王家に仕える苦労がわかったようだな

帝都に着いた際のパンネロとヴァンの会話のなかで、バッシュが割り込んで言ったセリフ。

パンネロが自国の王女アーシェや皇帝候補のラーサーに会える機会なんて一生ないと思っていたという発言に対しヴァンが同意をしつつ「たまについてけないけど」と笑いながら返答。

そこにすかさずバッシュがヴァンの肩に手を回し、

「きみらにも王家に仕える苦労がわかったようだな」

ヴァンとパンネロに嬉しそうに言います。

そしてパンネロが冗談ぽく「そんなこと言っていいんですか?」と返されると

困った顔でごまかすバッシュ。

そんな会話のやり取りを見て微笑むアーシェとそのアーシェを後ろから眺めるバルフレアとフラン。

本作品は仲間同士が希薄であり、またストーリーも渋く冗談を入れるシーンはヴァンの空気を読まない発言ぐらいです。

ヴァンやアーシェに激しく憎まれていたバッシュが作ったこの和やかなシーンは貴重でした。

仲間同士でも序盤はピリピリ(特にアーシェ)していたけど冒険の中で仲良くなったんだなっていう、この場面は何気ない場面にも関わらず印象的だったよ。
この頃にはバッシュの疑惑も完全に晴れ、ヴァンもアーシェもバッシュを仲間としてごく自然に認めている感じだよ。

ところでバッシュのこの和ませ発言は意外と本音だと思われます。

感情的になりやすいアーシェを支えるのは並大抵ではないのがプレイの中から伝わってきます。

もしアーシェが会社の上司だったら間違いなく飲み会の場で「きみらにもアーシェ部長の下で働く苦労がわかったようだな」と愚痴りますね

この物語の主人公さ

ヴァンがバルフレアに「あんた誰だ」と聞いた際のバルフレアの回答です。

当初はよくいる主人公気取りのお調子者キャラと思いきや、物語を通じて名言やカッコいいシーンを連発させてくれます。

エンディングでは、過去作品の主人公達にも負けないぐらい主人公を演じてくれています。

実は主人公の必要条件も下記の通り満たしているのです。

①秘められた過去がある。

②父が物語のキーパーソンである。

③ストーリーの核心部分に携わっている。

①はFF7の元ソルジャーのクラウドと似た境遇です。クラウドも秘められた過去がありました。バルフレアも実は帝国の重要人物であるシドの三男であり、かつてはジャッジも務めていました。

②はFF5のバッツ、FF8のスコール、FF10のティータと似た境遇です。主人公の父は味方サイドでも敵サイドでも物語に大きく関わっていることが多いです。バルフレアの父シドも本作品の重要人物の1人であり最後には親子の感動場面も用意されています。

③はこれまでの主人公の要件の1つです。本作では「破魔石」に序盤から終盤まで振り回されますが、この「破魔石」と関係性が強いのがアーシェとバルフレアです。

声優がパイレーツオブカリビアンのジャックスパロウ役の方であることも相まって更なる主人公補正が掛かっています。そういえばバルフレアとジャックスパロウとどことなく似た雰囲気も感じるような・・・。

一度でも本作品をプレイすれば「この物語の主人公さ」というセリフが冗談でないことを間違いなく痛感するでしょう。

そしてFF12の主人公ヴァンが空気と呼ばれる最大の要因がバルフレアであることも知ることになるでしょう。

でもね、亡くなった人たちの心は、もう動かないんだよ。何があっても、何をしても。

大灯台の最上階にある天陽の繭を目指しているときにヴァンにアーシェが「破魔石」を使って帝国への復讐をするか問われたときのパンネロの回答。

パンネロもヴァンやアーシェ同様に戦争で大事な人を失くしていることから復讐を願うアーシェの気持ちも分かっています。

しかしヴァンやアーシェと違いパンネロが物語の最初から復讐に囚われていなかった答えが、まさにこのセリフである。

物語の中で「死者のための復讐」に対する答えを見つけたヴァンやアーシェと違い、パンネロは物語開始時から復讐に対する答えを見つけていたのです。

このセリフの後にアーシェは大灯台の最上階で復讐を誘う亡き夫の幻影に対し

「あの人はもう─いないんだ。」

と剣で幻影を断ち切ります。

ヴァンも兄を死に追いやった張本人であるガブラスの

「死んでいった者たちの恨みはどうなる!」

というセリフに対し

「何も変わらないんだ、兄さんの恨みなんか晴れない」

「兄さんはもうーいないんだ」

と力強くガブラスに答えます。

大灯台では最上階のイベントがメインキャラによる名シーンの連続であるため、このパンネロの名言は逃しやすいですが、「過去との決別」もテーマとしている本作品において派手さはなくも非常に心に響くセリフでした。

これまでの作品だと死者が主人公達を導いたり背中を押してくれるのに対し本作品の「亡くなった人たちの心は、もう動かないんだよ。何があっても、何をしても。」は非常に現実的で死者が奇跡や感動を起こす多くのゲームとは対照的でした。

「何があっても、何をしても。」と念押ししていることから、「死者の奇跡」を全否定した現実主義のセリフでもあります。

よく「亡くなった人はこんな事望んでいない」と言ったセリフを見かけますが、生者やその周りが望むことを、あたかも死者も望んでいると都合よく解釈しているのに過ぎないんだよね。

ただ、自由でありたいだけ。

空中要塞バハムートでアーシェがヴェインに対し発したセリフ。

本作品のテーマともいえる「自由と義務」におけるアーシェの最終結論とも言えるセリフでもある。

物語序盤からアーシェはダルマスカを滅ぼされた屈辱や亡くなった死者のために自分に帝国への復讐を課せていました。

序盤では「私の刃は破魔石です。死んでいった者のため 帝国に復讐を」というセリフを破魔石による戦艦リヴァイアサンの惨劇を見た後に発するほど、復讐や力に執着していました。

また物語後半ではアーシェは神に近い存在であるオキューリアから帝国を滅亡させ、正しき歴史を導く聖女としての役割も課せられます。

ヴェインはそんなアーシェを知ったうえで

「ひとつお尋ねしたい。」

「あなたは何者だ?」

「亡国の復讐者か?あるいは救国の聖女か?」

とアーシェに問いかけます。

その問いに対する答えが・・・

「どちらでもないわ。」

「私は私──」

「ただ、自由でありたいだけ。」

「死者のための復讐」「正しき歴史を導く聖女」は与えられた役割。そのような役割をこなすのではなく、自分の意思で行動したいという意味である。(あらゆる義務を放棄して自由になりたいという意味ではない!)

本作品のテーマである「自由」に対し、アーシェは「自分の意志で行動すること」を答えとしました。

本作品は「義務」に課せられたアーシェが「自由」を手に入れる過程を見ていくゲームでもあり、「自由」を手に入れるための最後の障壁が「義務」の象徴とも言えるヴェインなのです。

ヴェインの「義務」については後述します。

すべてはソリドールのために

ヴェインが父グラミス皇帝殺害(事実は自殺)事件の際に亡き父の手を取りながら発したセリフ。

このセリフこそがヴェインやグラミス皇帝の行動原理でもある。

ヴェインは敵対する元老院がソリドール家を排除しよう思索していることを病床の父グラミスに告げます。

そして「ソリドールのため」にはどのような行動が最適なのか、ヴェインはグラミスに示唆します。(ここでいう最適な行動はグラミスが毒による自殺を図り、それを元老院の仕業として元老院を一気に排除すること。)

ヴェインの示唆に戸惑うグラミス皇帝。

「白い手の者(四男ラーサー)に代わり、その手を汚すか」

というグラミスの問いに

「すでに血に染まっています。」

「ならば最後まで私が」

とヴェインが返答。

そしてグラミスは上空を見上げながら

「すべてはソリドールのためにーか」

というセリフと共に自分の死を持って元老院を排除する決意をします。

亡きグラミス皇帝の手を取りながら「すべてはソリドールのために」と発した背景には、ソリドールの未来のために自殺を決行した父グラミス皇帝に敬意を払うと同時に、今後も迷いなき「ソリドールの剣」として役割を果たすことを改めて決意したようにも感じ取れます。

自由と対する「責務」の象徴であるヴェインの行動原理が「すべてはソリドールのために」「歴史を人間の手に取り戻す」の2つであり、実際にプレイしていてもヴェインはこの2つの責務を忠実に果たしています。

ただ、この2つの責務を果たすために主人公ヴァンやアーシェの故郷ダルマスカを滅ぼしたり、覇王の末裔に与えられた「破魔石」を奪ったり、自分の父や兄弟を死に追いやったり、戦争を仕掛けたりと、周りの人々の「自由」を奪っていることから本作品においては敵認定されます。

話は少々脱線してしまいますが「ソリドールのために」非道な行動を起こすヴェインですが、見方によってはヴェインもまた悲運なキャラとも言えるでしょう。

兄2人を粛清し、周りから冷酷非情なイメージを持たれる。

実際はグラミス皇帝の命令だが、命令の真意は不明。

自身の権力欲のための父をも殺害

実際は弟ラーサーの障害となる元老院を排除し、欲でなくソリドールの未来のために権力を掌握。(実際は他殺でなく自殺)

反旗を翻したジャッジ・ドレイスの粛清をガブラスに命じる。

ドレイスの同志であるガブラス自らの手で粛清を行わせることでガブラスの「ラーサーを守る」という責務をより堅固にする狙いも見受けれる。

ラーサーが手を汚さずに皇帝になれるように自身が徹底した汚れ役を受けているにも関わらず、最後には弟のラーサーに剣を向けられる。

ラーサーが清廉潔白でいられるのも、ヴェインがラーサーの分まで汚れ仕事を処理しているからに他ならない。それなのに張本人から剣を向ければ怒りの感情が出てもおかしくないが、「頼もしいな」と感心。

「ベオルブのために」に手を汚してきたFFTのダイスダーグも最後に弟に剣を向けらるが、こちらは必死に弁明。

このときのダイスダーグのセリフも貼っておきます。

「おまえがそうやって剣を振れるのは誰のおかげだと思っている!? 英雄と呼ばれるのは誰のおかげだ!

すべてこの私だ! この私が手を汚しているおかげで、おまえはその立場にいられるのだ!

感謝されることはあってもおまえに恨み言を言われる筋合いなどないわッ!!

ヴェインとダイスダーグはどちらも家系のために行動を起こし、汚れ役も引き受け、冷酷な選択も取ることから同列に見られますが、ダイスダーグとヴェインでは器が全然違います。

最期は自らに課せられた義務すべてはソリドールのために)に殉じますが、製作者の計らいで「名誉の戦死を遂げられた」ことにされます。

ラスボスが名誉の死ってFFシリーズでは初ではないでしょうか!?

ヴェインはラスボスなので、人間的な感情を全面に出すと撃破したときにプレイヤーがカルタシスを味わえないことから製作者側の意図で冷酷非道なキャラにされてしまったみたいです。

歴史を人間の手に取り戻す

ゲームのタイトルにぴったりなキャッチフレーズですが、実はこのセリフ、敵役であるシドの口からよく聞くセリフであり、シドや世代を越えた友人であるヴェインの行動原理とも言えます。

またシドの他にヴェインに心酔するジャッジ・ベルガもこのセリフを発します。

個人的にはジャッジ・ベルガの以下のセリフも好きでした。

笑わせるな!人造破魔石は人間の力だ。

神々に挑む大志を抱いた人間が・・・その知恵でつくりあげた人間の武器!真の覇王にふさわしい剣だ!

与えられた破魔石に頼りきっていたレイスウォールなど、偽りの覇王に過ぎんわ!

見ておれ!やがて全イヴァリースに、真の覇王の名がとどろく!

神々の意思を打ち破り、歴史を人間の手に取り戻す。

その名は、ヴェイン・ソリドール!

あのお方が築く歴史に、ダルマスカの名は不要!

レイスウォールの血筋ともども、時代の闇に沈めてくれるわ・・・

残念だったのが、このようなカッコいいセリフとは裏腹にジャッジ・ベルガが弱いこと。

人造破魔石の凄さを引き立てるためにもFFTのウィーグラフやエルムドアのような凶悪な強さにするべきだったと思います。

シドが「歴史を人間の手に取り戻す」ことを決意したきっかけは6年前にヤクト・ディフォールでオキューリアの異端児ヴェーネスと邂逅したことである。

ヴェーネスはシドにオキューリア達が「破魔石」を用いてこれまでの歴史を影で操作していたことを伝える。

「歴史は人間が築くもの」が持論であったシドはこのことに憤慨。

以後、「歴史を人間の手に取り戻す」ために「破魔石」を手に入れるべくダルマスカやナブラディアを襲撃したり、破魔石の測定を試みて想定外とはいえ首都ナブディスを崩壊させたりします。

そして最終的には、この難題を成し遂げます。

皮肉にもシドやヴェインの「歴史を人間の手に取り戻す」という「義務」のために祖国ダルマスカを滅ぼされたアーシェが過去の束縛や救国の聖女からの解放という「自由」を手に入れるために破魔石の源である天陽の繭を破壊したことでシドの願いを叶えてしまいます。

ヴェーネス曰く、天陽の繭を砕き破魔石の歴史を終わらすことが、歴史を人間の手に取り戻すための決め手だったみたいだよ。
アーシェは「破魔石」によって歴史が導かれていた事実を知りながら、破魔石の力を捨て、繭を砕く決断をしたことから、アーシェもまた「歴史を人間の手に取り戻す」ことに一役買ったのだよ。

どうせ逃げるなら、逃げ切ってみせんか。馬鹿者めが

シドが大灯台最上階で主人公達との闘いに敗れ、消滅する間際に実の子であるバルフレアに対して発したセリフ。

バルフレアはシドの計らいによってかつてはジャッジの職についていた。

しかし6年前のヤクト・ディフォールに出向いた以降、シドは「破魔石」に心を奪われてしまい、自分の父親とも思えなくなってしまったバルフレアはその場から逃げだして空賊の道に進んだ過去があった。

しかし、逃げたはずにも関わらず「破魔石」の運命に引き寄せられてシドの前に再び姿を現すバルフレア。

そして「破魔石」の運命によりアーシェに同行したバルフレアはシドの「オキュリーアから歴史を取り戻す」戦いも巻き込まれてしまいます。

ミンサガ経験者から見ると石が運命を翻弄させる点で「破魔石」も「ディスティニーストーン」も似たものを感じるね。

そんな「破魔石」によって振り回されているバルフレアを見て、シドは最期に狂気の科学者でなく父親の表情でバルフレアに

「どうせ逃げるなら、逃げ切ってみせんか。馬鹿者めが」

と現在の「空賊バルフレア」の生き方を肯定するエールを送ってくれます。

シドは心のどこかで自分の理想を押し付けたことや破魔石やオキューリアとの戦いに巻き込んでしまったことに対し負い目を感じていたのでしょう。

だからこそバルフレアに過去から逃げ切ってみせろと言ったのだと思います。

切ないのはシドの元から逃げたはずのバルフレアもどこかでシドを信じていたことです。

これはドラクロア研究所のシドの机の上の資料を見つめながら

「─あれから6年か」

「何があんたを変えたんだ?」

と呟いたり

ギルヴェガンでオキューリアの存在やシドの変貌の真相を知った後

「おかしくなったんじゃなかったんだ。」

と、どこかホッとしたような言いぶりや

完全にシドが変貌してしまったと頭では理解しつつも

「そいつ(ヴェーネス)が取り憑いていたんだな」

とあえて問いていたことから、

父親を信じたいバルフレアの気持ちがセリフにも現れています。

また、この「どうせ逃げ切るなら、逃げ切ってみせんか」というセリフの考えさせられるところが

シドと対峙する前ににフォーン海岸で

「だから終わらせる。過去に縛られるのはもういい。」

過去を断ち切って自由になるというバルフレアの決意に対し、

過去から逃げ切って自由になれという父の最期の言葉です。

このように1つの問いに対しも答えが異なるのが本作品の特徴とも言えるでしょう。

本作品の主役であるアーシェは過去を断ち切って「自由」を得たよね。

一見すると本作品は「破魔石」の力を求めることに葛藤するアーシェを描いていますが、別の角度から見ると、「破魔石」から逃げ切れなかったバルフレアの物語でもあります。

おわりに

本作品は物語をプレイヤーに委ねており考察を楽しむ作品であるため、1つの場面や言葉においても複数の捉え方ができます。

そのため、ここで挙げた10の名言・名場面も人によってはスルーしたり真逆の感想だったりもします。

また本作品は敵・味方共に多様な価値観があり、加えて政治や義務といった重たいテーマがのしかかる大人向けのストーリーでもあるため、子供時代にプレイした人も大人になって改めててプレイしてみると当時はスルーしていた部分に心を打たれたりもしますので、興味を持たれた方は是非再プレイしてみてください。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

リマスター版は倍速モードがあるため快適にプレイができるよ。倍速モードを知ると、もうオリジナル版には戻れないでしょう。




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